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河鍋暁斎展

ファイル 1971-1.jpgファイル 1971-2.jpg

4月8日より京都国立博物館で、特別展 没後120年記念「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai-近代へ架ける橋」が始まりました。

暁斎とは河鍋暁斎のことで、幕末から明治にかけて活躍した日本画家です。河鍋暁斎と近代建築の関係で言えば、日本の近代建築の父であるコンドルが暁斎に弟子入りして日本画を学び「暁英」という画号を授かっており、暁斎の臨終も看取っています。さらに、当前村記念博物館としては、河鍋暁斎が江戸本郷の狩野派絵師前村洞和の弟子であったことも見逃せません。

これまで河鍋暁斎の大規模な展覧会は開催されておらず、今回の特別展では海外からの里帰り作品や未公開作品なども多く、他には巡回しないというのですので、これは見に行くしかありません。

来週の土曜日、4月19日に、大阪の天満屋ビル「ハaハaハa」さんで開催中の「まちかどの近代建築写真展」撤収の行きがけに、暁斎展を見てこようと思っています。夜行バスで行くことになりそうです。

京都国際マンガミュージアムでも、特別展「明治日本のギャグマスター 暁斎漫画展」をやっており、こちらも見なければ。両方を半日で見るのは無理そうですので、やはり泊まり掛けで行くしかないかナ。

暁斎は速筆・早描きで多作な人でしたので、各地で掛け軸や額を見ることがありますが、今回のような大きな会場で一堂に会して見ることのできるチャンスはなかなかありません。また、今回の特別展は、埼玉県蕨市にある「河鍋暁斎記念美術館」所蔵のものが大半なのですが、これまで直接見たことのないコンドル所蔵だった里帰り作品に大いに期待したいと思います。

特別展覧会 没後120年記念
絵画の冒険者 暁斎 Kyosai -近代へ架ける橋
・会期:2008年4月8日(火)~5月11日(日)
・休館日:月曜日(ただし5月5日は開館)
・開館時間:午前9時30分~午後6時 金曜日は午後8時まで
 (入館は閉館の30分前まで)
・会場:京都国立博物館 (東山七条)

京都国際マンガミュージアム特別展
明治日本のギャグマスター 暁斎漫画展
・会期:2008年4月8日(火)~5月11日(日)
・休館日:水曜日(祝日の場合は翌日)
・開館時間:午前10時~午後8時
 (入館は閉館の30分前まで)
・会場:京都国際マンガミュージアム2階 メインギャラリー

国立京都博物館
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

京都マンガミュージアム
http://www.kyotomm.com/

河鍋暁斎記念美術館
http://www2.ocn.ne.jp/~kkkb/Kyousaij.html

※コンドルが書いた河鍋暁斎の伝記は必読です!(岩波文庫)

河鍋暁斎―奇想の天才絵師 超絶技巧と爆笑戯画の名手 (別冊太陽) 河鍋暁斎 河鍋暁斎 (新潮日本美術文庫) 酔うて候-河鍋暁斎と幕末明治の書画会

渡邉義孝水彩画展

神楽坂のアユミギャラリーの名物番頭さん(笑)だった渡邉義孝さんから、個展の案内をいただきました。独立され、風組・渡邉設計室を開設されており、また、近代建築探訪MLの仲間でもあります。

今回の個展は、世界遺産をめざす五島列島の教会群のスケッチで、昨年秋には長崎市内で開催され、今回は現地の新上五島町での開催です。五島列島か。行きたいナァ。20年くらい前に一度行ったきりです。いつか、五島列島の教会めぐりをしたいと思っています。

「長崎から世界へ 祈りの空間を描く-渡邉義孝水彩画展-」
会期:2008年4月12日(土)~19日(土)
開館:9:30~17:30(最終日14時まで)
会場:有川港多目的ターミナル鯨賓館ロビー
〒857-4211 長崎県南松浦郡新上五島町有川郷578-36
電話:0959-42-0180 入館無料・会期中無休
共催:鯨賓館・上五島歴史と文化の会・新上五島町世界遺産推進室

こちらは、昨年秋の長崎市内での個展の様子
http://homepage3.nifty.com/w_yoshi/ak/ngsk/exb.html

長崎の天主堂 五島列島の教会堂I 長崎の天主堂 五島列島の教会堂II 長崎の天主堂 五島列島の教会堂III 大いなる遺産長崎の教会 改訂版―三沢博昭写真集 天主堂物語 (海鳥フォト・ブックス) 天主堂―光の建築 日本の教会をたずねて (別冊太陽―日本のこころ) 日本の教会をたずねて2 (別冊太陽 日本のこころ)

まことちゃんハウスは「楳図式」と呼ばれるのか

明日から大阪の天満屋ビルで開催する「まちかどの近代建築写真展」に関連して、ちょっとヨタ噺を。

巷で話題となっております、マンガ家楳図かずお氏の自邸、通称「まことちゃんハウス」の外観がこの度公開されましたが、皆さんご覧になられましたか? もっとドギツイ赤色を想像していたのですが、報道写真で見ると、結構落ち着いた赤色になっておりました。

アサヒコムの記事
http://www.asahi.com/national/update/0314/TKY200803140052.html

最初、この写真を見たときに、恐れ多くも「辰野式」を思い出してしまいました(笑)。「まことちゃんハウス」は素材も違うし、ストライプ幅も違うし、建物のデザインとか思想とか、とにかくもう全然違うのですが、町にあってこの紅白のシマシマは「辰野式」ではないかと思ってしまった訳です。

旧日本銀行京都支店
ちなみに、「辰野式」とは、簡単に言えば日本建築界のボスとして君臨していた建築家、辰野金吾が好んだ紅白ストライプ模様の煉瓦建築のことで、東京駅や旧日本銀行京都支店、旧日本生命九州支店など、各地に残っております。文化財に指定されている建物も多く、煉瓦建築といえば「辰野式」が代表的なものとなっております。

しかしながら、辰野金吾が「辰野式」の煉瓦建築を建てた当時、その建物は、きっと周囲の町並みから浮いていたと思うのです。商業建築ならば建物自体が看板のようなものですから、目立つのは大いに結構、紅白でメデタイと歓迎されたのかも知れません。ただし、周囲の人々の心象はどうだったか……。

さて、「まことちゃんハウス」ですが、これが住宅地の中にあるということが問題なのかも知れません。ただ、もし楳図かずお氏が建築家で、あちらこちらにこうした紅白ストライプの建物を建て、しかも力のある建築家だったとしたら。この紅白ストライプの建物は「楳図式」と呼ばれるのか(いや、そんなことはあり得ない)。

ここ最近、写真展の準備で煉瓦建築の写真ばかり見てきたので、「まことちゃんハウス」もそんな風に見えてしまったのかも知れません。

ヴォーリズ展

ファイル 1893-1.jpg

先日、滋賀県立近代美術館で現在開催中の「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展」を見てきました。

滋賀県立近代美術館「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展」
http://www.shiga-kinbi.jp/exhibition/exhibition_database/pressrelease/exhibition_07-5.html

ヴォーリズは、明治末から昭和半ばにかけて日本で活躍した建築家です。アメリカ生まれで、滋賀県の近江八幡の学校に英語教師として来日し、その後素人建築家として設計事務所を開設、関西を中心に日本各地の建物を設計しています。昭和16年に帰化し、一柳米来留となりました。また、アメリカの常備薬であったメンソレータムの販売元として近江兄弟社を起こし、キリスト教布教の一助としたりしています。

下記のページに、小生がまとめたヴォーリズの紹介があります。
http://www.jmam.net/b/zinmei/vories-h.htm

学生時代に京都で下宿していたのですが、関西で生活していると、ヴォーリズの建物はとても身近に感じられます。例えば、京都の大丸百貨店の入口上にある、羽根を広げた孔雀のデザインなど、アールヌーボーだなと思って見上げておりました。四条大橋西詰の東華菜館など、誰もの記憶に残るような建物もあります。ヴォーリズの商業建築は、基本的にはアールデコなのですが、息苦しいまでの細かいデザインが過剰とさえ思えるほどです。一方、住宅などは、スパニッシュで、いかにも品のよい洋館といった別荘風な建物が多く、親しみが持てます。教会や学校の建物も、各地に建てられています。

北海道から九州まで、全国各地にヴォーリズの建物があり、それが結構多く残っています。これは、ヴォーリスの建物が人々に愛されている証拠ではないでしょうか。

今回の「ヴォーリズ展」では、設計図面を中心に、建物の写真や家具、著書などが、広い展示スペースで広々と展示されています。

滋賀県立近代美術館での「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展」は、3月30日(日)まで。月曜休館です。

なお、この後、「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展」は各地に巡回の予定です。5月には福岡の西南学院大学博物館、夏には軽井沢町歴史民俗資料館、秋には大阪芸術大学博物館、そして来年春には東京の松下電工汐留ミュージアム。

ヴォーリズ建築の100年―恵みの居場所をつくる ヴォーリズの西洋館―日本近代住宅の先駆 ヴォーリズの建築―ミッション・ユートピアと都市の華 ヴォーリズ評伝―日本で隣人愛を実践したアメリカ人

小樽名建築番付

ファイル 1829-1.jpg

先月小樽へ行ったおり、小樽運河プラザに「小樽名建築番付」が展示されていました。昭和55年といえば、小樽運河保存運動のまっ最中です。

これは、小樽運河の保存運動をきっかけに、小樽の町を見直そうとした小樽の若者たちが考えて作ったツールでした。この番付は、後に「日本赤煉瓦建築番付」などの参考になったものです。思えば、小樽運河保存運動は、その後各地でのさまざまな保存運動で参考にされる、あらゆるアイデアが考え出され、実行されたのでした。

さて、この「小樽名建築番付」をテキストにしてみました。カッコ書きは、小生の書き添えです。驚くことに、この番付に載っている建物の大半が現存しているのです。これは、小樽運河保存運動の成果なのかも知れません。

------------------------------------------------

蒙御免 小樽名建築番付
行司 勧進元 夢街


横綱 小樽倉庫(現・小樽市総合博物館運河館)
横綱 日本銀行支店(現・日本銀行旧小樽支店金融資料館)
大関 中央バス本社(旧・北海道銀行本店)
大関 三井銀行(現・石屋製菓所有)
関脇 罐友会館(現・小樽グランドホテルクラシック)
関脇 銀鱗荘(旧・猪俣安之丞邸)
関脇 公会堂
小結 板谷邸
 同 富岡カソリック
 同 海陽亭(旧・魁陽亭)
 同 商大方二〇番棟(?)
前頭 小樽市役所
 二 旧拓殖銀行(現・ホテル1・2・3小樽)
 三 旧百十三銀行(旧・千秋庵)
 四 フジヤ家具
 五 旧上勢商店(現・ホクリョウ)
 六 林屋製茶(旧・第百十三国立銀行小樽支店)
 七 北海道紙問屋(旧・第四十七銀行小樽支店)
 八 小樽駅
 九 旧山本邸(?)
 十 旧坂牛邸

西
横綱 旧手宮機関庫(現・小樽市総合博物館内)
横綱 博物館(現・旧日本郵船小樽支店)
大関 川又商店(旧・早川支店)
大関 大家倉庫
関脇 名取商店
関脇 にしん御殿
関脇 青山邸
小結 名取邸
 同 住ノ江カソリック(旧・佐々木邸)
 同 和光荘(旧・野口邸)
 同 川田商店
前頭 商工会議所
 二 北海製罐
 三 市立図書館(現存せず)
 四 旧三菱銀行(現・北海道中央バス第2ビル)
 五 清水鋼機(現存せず?)
 六 石ヶ守商店(旧・久米商店)
 七 旧富士銀行(現・花ごころ小樽店)
 八 旧三井物産(現・松田ビル)
 九 寿原邸
 十 島田歯科(現存せず?)

昭和五十五年一月一日


※なお、検索していたら、この番付を作った人のブログを見つけました。小樽でお蕎麦屋さんをなさっているのですね。今も、小樽のまちおこしで頑張っておられるご様子。

「小樽・藪半・蕎麦屋親爺の独り言」
http://blog.livedoor.jp/sobaya_oyaji/archives/50346604.html

旧長崎刑務所の近況など

ファイル 1716-1.jpg

先月、開発業者側から諫早市に、旧長崎刑務所の一部保存に向けての条件が提示され、今月中には書面で確認される方向という新聞記事が出ました。

その後の続報はまだありませんが、ネットで検索していたら、旧長崎刑務所の最新の状況についての写真がアップされていました。

きらとま無宿・国内自転車放浪編
http://d.hatena.ne.jp/killertomato/20071215/p1

広い煉瓦基礎の残る敷地に、旧長崎刑務所の管理棟がポツンと建っています。中央部分だけでなく、両袖部分も残っているではありませんか!!

このまま旧長崎刑務所の管理棟と正門の保存が実現すれば、必ず地域にとっても有益な施設となるはずです。多くの人々のアイデアをいれて、有効な使い道を導かなければなりません。

なお、先月11月19日の朝日新聞東京版に、法政大学工学部建築学科准教授の高村雅彦先生がコラムを書いています。その中に、旧長崎刑務所のことについて、ちょっとだけ触れています。

【高村雅彦准教授のキャンパスブログ】
連戦連敗
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000150711190001

論旨は全く同感なのですが、旧長崎刑務所をテーマにしたゼミ生I君の苦境の話は、どうでしょう。建物の保存は、当然に、学者や研究者のためでは無いし、卒業がかかっていようが「関係無い」話です。逆に、この旧長崎刑務所の保存に向けて、いったいI君は何をしたろうかと問いたい。研究者としての立場は、各方面のいろいろなしがらみなどもあろうし、動きにくいことは十分理解できます。しかし、関わった以上は、たとえ無力であっても、自身にできる範囲で、自身が考えうる限りの行動を起こさなければ、ただ無力を嘆いていてもはじまりません。

高村ゼミのI君、もしこのブログを目にすることがあったら、ぜひ反論を下さい。きっとmixi上では何かをしたのだろうけれど、mixi上では仲間内にしか話題が広まりません。公開された場で、旧長崎刑務所に対するI君の思いを聴かせて下さい。

倉吉の円形校舎が解体されそう

ファイル 1701-1.jpg

ブログ月刊旧建築さんの情報で知ったのですが、倉吉の旧明倫小学校の円形校舎が、2009年度中に解体の方針とのこと。市長が議会で述べたとの記事が地元紙に載っています。
http://www.nnn.co.jp/news/071207/20071207006.html

旧明倫小学校の円形校舎は、小学校の移転後、地域公民館などとして活用されていましたが、老朽化を理由に全ての入居団体が退去させられ、ここ十年近くは空家のままでした。これまでも、解体されそうだという情報はずっとあったのですが、とうとう年限を定めて解体の予定が発表されました。

解体まで、まだ丸々1年以上時間があるなどと思わず、どうすれば耐震問題をクリアし、活用していくことができるかを考えなければなりません。各地の円形校舎がここ数年の間に続々と解体されていますが、一方では、横浜の明倫学園(奇しくも同じ明倫!)の円形校舎がDOCOMOMO Japan 2005の15選に選ばれています。

円形校舎は、そこに学んだ人々にとって強烈な思い出を残しており、また、よその土地の者にとっては不思議で魅力的な建物でもあります。観光資源としても、十分役立つ建物です。

耐震問題ぐらいクリアできないはずがありません。コストをかけずに、いかに耐震補強を行なうか。これに答えなければならないのは、建築に関わる技術者の方々です。残そうとする人々の意思と、技術者の力とで、倉吉の円形校舎を残さなければなりません。

ちなみに、世間では、円形校舎の存在そのものを知らない人々が数多くいる現実があります。円形校舎に学んだ人々は、どうか円形校舎のことを周囲の人々に語ってあげてください。どんな校舎だったかを。人々が円形校舎に興味を持つことが、保存への第一歩なのですから。

旧長崎刑務所の保存が現実味を帯びてきました

ファイル 1653-1.jpg

しばらく沙汰止みとなっていた旧長崎刑務所の保存問題ですが、昨日の長崎新聞や今日の西日本新聞長崎版などに続報が出ていました。

旧長崎刑務所を一部保存へ 三角屋根の管理棟など
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20071119/02.shtml

旧長崎刑務所の所有会社 一部保存を検討 用途変更次第で再考も
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/nagasaki/20071120/20071120_002.shtml

旧長崎刑務所一部保存へ
http://cgi.ncctv.co.jp/news/index.php

旧長崎刑務所 一部保存へ検討
http://www.ktn.co.jp/news/d071119.html

これらの記事によれば、保存が検討されているのは、正門と正門から左右に広がる壁の一部(高さ約6.6メートル、幅約20メートル)、管理棟のエントランス部分(玄関と三角屋根の2階建ての部分、高さ約14メートル、幅約4.5メートル)。さらに、別の建物地下から見つかったアーチ形煉瓦造の基礎の一部も復元保存を検討とのこと。

全面保存を目指していた方々には大いに不満でしょうが、現実問題としてはこの保存内容で「御の字」ではないでしょうか。旧長崎刑務所が、全く何も残らず消し去られることに対して保存を訴えてきたのですから。

開発会社側は、「用途変更」で条件交渉に入っています。これは、小生が以前書いた通りです。諫早市側が持っている権限である「用途変更」と引換えに、旧長崎刑務所の一部保存、およびその土地と建物の市への寄付を検討しているのです。

諫早市側は、ぜひ、この交換に応じるべきだと小生は考えます。開発会社側にも、諫早市側にも、双方にとってメリットがあるからです。地域住民にとっても、近隣の商店主にとっても、跡地の大型商業施設進出は悪い話ではないと思います。

確かに、周辺の交通渋滞や、客の流れが変わってしまうことに対しての懸念はあります。それらの問題の解消のためには、旧長崎刑務所の跡地にできる駐車場をショッピングセンターのためだけのものとせず、周辺の商店街や観光スポットへ歩いて行くための基地として位置付け、徒歩で周遊する地域として周辺を整備するなど、新しい取り組みが必要です。

旧長崎刑務所の赤レンガを起点に、諫早公園の眼鏡橋(重文)や、昭和6年築の旧諫早銀行本店(十八銀行諫早支店)などをまわるためのガイドマップを用意し、途中のお店の紹介なども載せれば……、とアイデアがふくらみます。旧長崎刑務所のことについて学習できる常設展示も欲しいですね。

あまりお金をかけなくても、できることは沢山あります。今回の旧長崎刑務所の保存を契機として、諫早のまちの活性化のために、知恵を出し合って皆で話し合いましょう。

産業構造物に「萌える」写真集

昨日(11月6日)の日経新聞夕刊の文化欄に、工場や水門、ダムなどの写真集が売れているという記事が載っていました。記事の構成や発言者の見解には多少違和感もありますが、肯定的な記事でしたので、まずは良しとしましょう。

工場萌え 恋する水門―FLOODGATES ダム

記事の文脈を追うと、これらの写真集の特徴は、プロの写真家ではなく、素人の撮った写真集であることが挙げられています。写真集『工場萌え』の編集担当である東京書籍の角田氏は、「写真がうまい人ならもっといる。でも愛はない。石井氏の写真からは工場が好きでたまらないという愛が伝わる。それが読者の共感を呼んだと思う」と発言しています。

まあ、「愛」と言ってしまえばそれまでなのですが、それがマニアの力(パワー)だと小生は考えます。時間であれ、お金であれ、プロとは違う形での強い力の注ぎ方をしており、そうした背景があっての「写真」なのです。

僕たちの大好きな団地―あのころ、団地はピカピカに新しかった!

『工場萌え』の共著者である大山顕氏は「僕らが好きなのは写真じゃなくて被写体。そこが写真家の写真と違う」と発言しています。これは、小生がかねがね言っていることと同じで、大いに共感します。作品としての写真ではなく、写っている被写体自体が大切なのです。現物をコレクションすることができないゆえに、写真を撮っているのです。例えれば、昆虫マニアのコレクションである標本の代わりが、ある対象を撮った写真の数々なのです。

東京鉄塔―ALL ALONG THE ELECTRICTOWER

写真集『東京鉄塔』を出した自由国民社の竹内尚志編集部長は、「これまでの写真集は『いかに撮るか』というプロの目や腕を見せるもの。今、出ている本は『何を撮るか』に重点がある」「本格的な写真家から見れば邪道。けれど写真より、写っているものが大事という人は撮る側にも見る側にも増えている」と語っています。

これは、学生時代に写真部内で論争したことのあるテーマでした。要は、写真がごく一部の者だけのモノではなく、全ての人々のモノとなったということに尽きるのではないでしょうか。写真の敷居が低くなり、写真を撮るということが特別なことではなくなり、作品ではなくメモ代わりの記録として、手軽に写真を撮ることが普通の社会になったということでしょう。フィルムのコンパクトカメラが登場したときには、それは家族を撮る「スナップ写真」でした。それが今は、身の回りの静物を撮る写真となったのです。大山氏は「オルトスケープ」と呼ぶことを提唱していますが、小生は風景ではなく静物として、コレクションに加えるような意識で被写体を撮影しているのではないかと考えます。

「今までとは違う新しい感性が出てきた」という、写真評論家の飯沢耕太郎氏の発言には違和感を感じました。「工場や団地を見て育ち、アニメ『ガンダム』や大友克洋の漫画、映画『ブレードランナー』に登場する未来の都市イメージを現風景として共有する世代。公害などのマイナスイメージにも縛られず、純粋に産業構造物を美しいと見られるのだろう」とは、何とも表層的な想像です。どうして、すぐに「ガンダム」や「プレードランナー」が出てきてしまうのでしょう。

小生は、この産業構造物への傾斜は、昭和ブーム、レトロブームと同根であると考えています。円筒形の赤い郵便ポストが懐かしいように、工場やダムなどの巨大な産業構造物も、すでに人々の「懐かしい」範疇に入ったのです。飯沢氏はこの被写体について「未来の都市イメージを現風景」としますが、小生はその被写体自体がすでに過去のイメージなのだと考えています。人々が記録するということは、やがて失われゆくはかなさ、懐かしさなのだと。これは、根拠のあることではありませんが、そこにあるものは永遠ではないということがいつも意識されており、今を記録してコレクションしておきたいという欲求により、こうした写真が撮られているのだと実感しています。

そもそも、マニアの写真とは、そういうものです。「写真マニアの写真」なのではなく、「○○マニアの写真」なのです。駅のホームにいる鉄道マニアの写真を思い浮かべてみれば、わかりやすいでしょう。少し以前から鉄道写真というジャンルが確立しており、多くの写真集が発行されています。市場規模が大きくなり、需要が高まれば、そこに鉄道写真のプロが成立します。ただし注意しなければならないのは、この鉄道写真のプロは、写真家が鉄道写真を撮るのではなく、鉄道マニアがプロの写真家になっているという点です。産業構造物のブームが一過性のものではなければ、いずれはこのジャンルのプロの写真家が育つことでしょう。マニアではないプロの写真家が、このジャンルの写真を撮ったとしても、何か違う写真になってしまうものです。

「単なる『偏愛写真』と片づけられない広がりを見せそうだ。」とこの記事はまとめています。「偏愛写真」とはずいぶんな言いようですが、それぞれのマニアの力が、マニアではない一般の人々にも理解され、評価されるようになったということでしょう。誰もが均質な関心を持つ時代から、マニアックに狭く深くを求める時代へと、確実に進んでいるのです。

竹筋コンクリートの建築物

ファイル 1623-1.jpg

昭和10年代から20年にかけて、戦時下で金属不足のため、鉄筋コンクリートに代わる材料として竹筋コンクリートが研究され、実際に施工されたと言われています。

しかしながら、現在、どれが竹筋コンクリートによる物件であるかは文献では伝わっておらず、伝聞として伝わっているものばかりでした。

少々前になりますが、今年の7月、玉井孝幸先生のブログ「建築調査技術コンサルタンツ」に、決定的な情報が記載されていました。
http://brtc.at.webry.info/200707/article_5.html

昭和16年発行の古本『時局化における土木工事の施工法に関する講演会講演集』のなかに、「竹筋コンクリートの強度並びに調査」と題する発表があり、竹筋コンクリートで施工された建築物の例が載っているとのことです。

報告されている物件は、下記の4件。

農林省林業試験所の各試験地の建築物の一部
・白河(福島県)気象観測室および雨量計地下室
・鷹巣(秋田県)
・釜淵(山形県)
・十日市(新潟県)

現存しているかどうかはわかりませんが、少なくとも昭和16年までに、実際に竹筋コンクリートの建築物が建てられたことが明らかになりました。

それぞれの地元の方からの情報提供を、切望いたします。当時の建物は、現地に残っていますでしょうか。小生も、いずれ各地を訪ねてみたいと思います。

昭和16年以降にも、竹筋コンクリートの建築物は建てられたはずです。さらなる発見を期待したいものです。

ALWAYS 続・三丁目の夕日

ファイル 1597-1.jpg

2年前、2005年秋に公開された映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は大ヒットとなり、昭和ブームが到来しましたが、来月いよいよその続編が公開となります。

ストーリーや小さな逸話などで、本当に泣かさる(北海道弁)映画なのですが、それとは別に、昭和30年代の風景を求めて各地でロケが行なわれており、そのロケに使われた建物などにも興味が向かいます。前作では、栃木県栃木市の「旧足利銀行栃木支店」や、岡山県岡山市西大寺の「五福通り商店街」、岡山県倉敷市玉島などでロケがおこなわれ、東京の昭和30年代の風景を再現していました。

今回の「ALWAYS 続・三丁目の夕日」では、次のようなロケ情報があります。
・東京都国分寺市東恋ケ窪の「孫の湯」
・東京都千代田区の「九段会館」
・兵庫県西宮市の武庫川学院「甲子園会館」
・群馬県館林市の神社
・静岡県島田市で「東京冬の街角」風景
・岡山県真庭市の「旧遷喬尋常小学校」
・福岡県北九州市八幡東区で「東京浅草の繁華街」風景
・山口県宇部市の「渡辺翁記念会館」
http://www.geocities.jp/always3chome/zoku-ashiato.html

こうしたロケ地の建物の他に、CGで再現された建物もこの映画の楽しみです。今回の続編の予告編を見ていたら、日本橋の橋詰に建つ旧帝国製麻ビルが、美しく映っているではありませんか!!

映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」公式ページ
http://www.always3.jp/
Yahoo!動画「『キネマ横丁』『ALWAYS 続・三丁目の夕日』特番」
http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00073/v02835/

旧帝国製麻ビルは、東京駅と同じ辰野金吾の設計で、赤レンガに白い石の帯をまわした、いわゆる「辰野式」の建物でした。調べてみると、昭和62年(1987年)に解体されています。気が付くと、いつの間にか解体されていたという印象です。

解体時には大栄不動産の所有となっており、金文字で大きく「大栄不動産」と書かれていましたが、調べてみると大栄不動産がこのビルを所有したのは昭和39年。「ALWAYS 続・三丁目の夕日」で、このビルに「大栄不動産」と書かれていれば誤りということになります。

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」は、11月3日より全国東宝系でロードショー公開です。

ALWAYS 続・三丁目の夕日―もういちど、あのときへ。 (小学館文庫)
ALWAYS 続・三丁目の夕日―もういちど、あのときへ。 (小学館文庫)

日本近代建築検定

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先月、お遊びで「日本近代建築検定」を作りました。各級、各編とも4択式で5問です。1級から10級までと地方別8編とで、現在18編、計90問の問題が出題されており、8割正解で合格としています。ちょっとマニアックすぎたり、最新情報を知らないと判らないような問題もありますが、ぜひチャレンジしてみてください。

ちなみに、Yahoo! JAPAN IDをお持ちの方は、IDでログインすると、受験者メニュー(履歴など)をご利用いただけます。

日本近代建築検定(1級)日本近代建築検定(北海道編)
日本近代建築検定(2級)日本近代建築検定(東北編)
日本近代建築検定(3級)日本近代建築検定(関東編)
日本近代建築検定(4級)日本近代建築検定(中部編)
日本近代建築検定(5級)日本近代建築検定(近畿編)
日本近代建築検定(6級)日本近代建築検定(中国編)
日本近代建築検定(7級)日本近代建築検定(四国編)
日本近代建築検定(8級)日本近代建築検定(九州編)
日本近代建築検定(9級) 
日本近代建築検定(10級) 

旧長崎刑務所のその後

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現在、解体工事の進んでいる「旧長崎刑務所」ですが、少し動きがあったようです。

毎日新聞(長崎版)の報道によれば、開発会社側から「商業施設内に管理棟は残せない。正門なら観光客誘致のためにも、残せる余地はある」との話が出ているようです。管理棟は、11月末に解体の予定。旧長崎刑務所の現所有者である株式会社ユニディオコーポレーションさん、株式会社新日本建物さん、保存に向けてのご検討いただき、感謝いたします。ぜひとも、正門保存の検討を進めていただきたいと思います。
http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20071001ddlk42040310000c.html

個人的には、まあ、このあたりが妥当な落としどころかなとは思いますが、管理棟もうまく活用すれば、観光的にも商業的にも有効な資源となるのにと、非常に残念に思います。採算的にも、十分成り立つと思うのですが。

9月30日には、旧長崎刑務所のすでに解体された建物に使用されていた「赤れんが」の、市民への引き渡し会もあったようです。諫早レインボーシティー推進会の主催で、1個10円で販売したとのこと。
http://mainichi.jp/area/nagasaki/news/20070929ddlk42040525000c.html
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20071001/11.shtml

また、9月末に、旧長崎刑務所の現役時代を写した写真展が行なわれたとのことです。撮影者は、長崎大学名誉教授の井口次夫氏。現役の刑務所内の写真は、本当に珍しく貴重です。撮影交渉に2年を要したとのことですが、長崎大学の先生という肩書も効いたのではないかと思います。そういう写真を、私蔵せず公開してくださったことに、感謝したいと思います。
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20070927/10.shtml

今後、旧長崎刑務所をめぐってどのような動きがあるか、引き続き注目していきたいと思います。

映蔵

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今朝の新聞で知ったのですが、今日より「第一回 栃木・蔵の街かど映画祭」が始まったのですね。

第一回 栃木・蔵の街かど映画祭 公式サイト
http://kuranomachikado.com

ロゴがカッコ良く、○の中にそれぞれ映と蔵を入れた白抜き文字のデザイン。「蔵の数々をミニシアターに変貌させた映画祭。」というコピーも素晴らしいではありませんか!

10月5日~8日の4日間、栃木市の街中の13会場で、それぞれ話題作や懐かしの洋画・邦画の名作を上映するというこの発想。しかも、その会場が、市内に残る商家の蔵や、市役所別館(旧栃木町役場)、旧教育委員会(旧足利銀行栃木支店)、栃木高校講堂など、文化財指定の近代建築の数々。使えるところは全部使おうというのですから。最近、映画のロケで使われた建物もあり、その建物で、その映画を上映するのです。本当に少人数しか入ることのできない場所もありそうですが、それはそれで良いのです。映画のハシゴで街をさまよい、建物に触れる。スタッフの方々は大変でしょうが、ぜひとも成功して欲しいイベントです。